「当たる」より、「腑に落ちる」ような占いでありたい。

占いというと、まずは「当たる」「当たらない」という尺度で見られます。

もちろん、未来を予知する能力を持つ方もいらっしゃるでしょう。
しかし残念ながら千尋屋は凡人です。
未来なんてわかりません。
むしろ現在のこともわかりません。

私にできることは、来てくださった方が選んでくれたカードを私なりに解釈することだけです。

 

当たっているかはわかりません。

「今年の金運を見てください」とだけ言われ、
その方の現状もわからないまま、ただカードの言っていることを伝えることもあります。
正直なところ、まるで目隠しされたまま手探りで進んでいるような気持ちになります。

「あなたはこういう状況ですね」とずばり切り出す占い師さんもいらっしゃるでしょう。
その才能が羨ましいほどです。

「その質問では答えられません」とお伝えする占い師さんもいらっしゃるでしょう。
それはとても誠実な姿勢だと思います。

私は「ふんわり聞くとふんわりとしか返ってきません」とはお伝えしますが、
なるべくご本人の聞きたいことを尊重したいと思っています。
その代わり、ふんわりと抽象的なことしか言えません。
「実際は十分あるのに『失いたくない』という気持ちから不安になっているようです」とか。
「今はまだ葛藤の時期ですが、誰かが助けてくれて、どんどん形になってきそうです」とか。

最初の頃は半信半疑でした。
こんな漠然とした返答でいいのだろうか。
そう思うこともありました。

それでも、言葉にするのをためらう方から聞き出すのは、私の本意ではないなと思いました。

しばらくすると、抽象的なことを聞いた人は抽象的なまま受け止めてくださっていることに気がつきました。
「ああ、そういうことなんですね」とか、「正にそのとおりだと思います」とか、
残念ながら私にはどういうことなのかはさっぱりわからないのですが、
何か納得した様子で、すっきりした表情で帰られる方々を見送ると、私もとても清々しい気持ちになります。

 

当たらない占いに意味はあるのか?

「何ひとつぴんと来ない」というのであれば問題だと思いますが、
占いが当たるかどうかというのはついでのようなものだと思っています。

中には、当たらない方がいいのではないかと思う結果もあります。
たとえば、「このまま進むと、どんどんひとりで責任を背負いこんで自分を責めてしまいそう」という場合。
そういうときは、意識的に他人を頼ったり自分を甘やかしたりすることで、自分だけでなく周りにとっても良い方向へつながるでしょう。
結果的にその占いは当たらないことになりますが、目先の結果ではなく、もっと大きな視点から見ることが大切だと思います。
「占いでこういう結果が出たから、仕方がない」なんてことはありません。
占いを利用してやろう、くらいの気持ちでちょうどいいのではないかと思っています。

千尋屋では、タロット占いは、自分の心を声を聞くためのツールなのだと考えています。
自分で自分の声を聞くことができる方には、きっと必要がない。
そして、「必要ない」というのは本来は理想的な状態なのだと思います。

占いの結果に縛られるのではなく、自分の立ち位置を知り、気持ちを新たに自分の進みたい方向へ一歩踏み出す。
そんなお手伝いがしたいと思っています。